萌鉄'98 パート7
「国鉄急行色キハ58健在」
新宮行きの夜行に乗っていた。
和歌山を過ぎると乗客はぐっと減る。今乗っている人はほとんどが夜を明かす人だろう。紀伊田辺で6両編成のうちの後ろ3両を切り離し、いよいよ旅人モード突入。
快走するとあまりにも早く着きすぎてしまうのか、途中の駅では20分とか30分とか停車する。夜食を売ってほしいところだが今はそんな情緒もなく、駅前の店も全て閉まっている(あたりまえ)。
列車はゆっくりと走り続け、5:10、新宮に到着。
新宮では、この列車の到着に合わせて駅弁屋が開く。
駅弁食いつつ1時間。やって来たのは国鉄急行色のキハ58系。おおぉぉ、美しい。最近のキハ58形は「みえ」色に変わったものが多く、国鉄色のキハ28形と組んだまばらなキハ58系列車が多くなったので感動もくろしお・・・もとい、ひとしお。
始発列車だが、尾鷲あたりでラッシュ時間帯になるため、車内は満員となる。紀伊長島を過ぎるとまた乗客は少なくなる。
紀勢本線と聞くと「海」のイメージが強いが、実際に車窓から海が見える場所は意外と少なく、どちらかといえば山岳路線としての景色に見所が多い。
列車は順調に多気へ到着。この列車、休日は松阪で名松線の列車に接続しているのだが、平日は発車直後の到着となり、接続していない。
まぁ、しかたがないので時間を潰し、『萌鉄名松線』完成後、初の巡礼に行こう。
名松線(めいしょうせん)・・・、松阪から伊勢の山間へ・・・という解説は散々したので省略。今年、これで何回目だろう。もう数え切れないほど訪れたゾ。
単行だがそこそこの乗客を乗せつつ、列車は快走。ほどよく終点の伊勢奥津へ到着。
伊勢奥津駅には我々が設置した「名松線物語」という寄せ書きノートがあるのだが、前回訪れた7月末には1冊目のノートが2/3ほどまで書き進められていたので、そろそろ2冊目突入かと思って新しいノートを用意していた。・・・が、なんか、ノートが4冊もある!読むと、1冊目はとうの昔に使い終わり、2冊目も終わり、3冊目の半分くらいまで進んでいるではないか!2冊目以降のノートは誰かが用意して下さったようだ。「3冊目が使い終わったらこれを使って下さい」と4冊目のノートまで置いてある。おぉ、わずか1ヶ月半見ない間にこれほどの人が訪れていたとは。夏休みだったこともあってか、いろいろなところからいらっしゃっている。
ほとんど思いつき(?)のダメもとで設置したノートだったが、ここまで発展してくれるとは、置いたかいがあったというもんです。
気をよくして名松線を後にし、快速「みえ」に乗って名古屋、で、米野。夏の18きっぷの旅は終結した。
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