萌鉄'97 パート2
 「名古屋→大阪、どうやって行く?」

下関


 大阪パソケなんで大阪へ行く。名古屋から大阪へ行くルートは、大きく分けて4通りがある。

1.東海道新幹線(速いが高い)

  18きっパーには無縁の存在なのでパス。

2.東海道本線(遠回りだが速い)

  散々乗りまくった。

3.近鉄名古屋線+大阪線(遠回りで遅いが安い)

  18きっぷ期間以外はいつもコレだった。

4.関西本線(最短距離だが列車が遅いので並)

  最近はもっぱらコレ。でも、そろそろ飽きた。

5.関西線+紀勢線+名松線+バス+近鉄大阪線+桜井線+和歌山線+阪和線

  今度ヒマなときにネ。

 18きっぷも余り気味なので土曜に出て、日曜の朝に大阪へ着くのがいいかな?それでいて、とりあえず新鮮で、結構無難なところといえば、そう、名古屋から大阪まで、下関経由で行くのがいいのではないか?(壊れた)


姫路 そうと決まれば土曜の朝に東海道線下り始発で名古屋を出発。大垣で姫路行きに乗り換える黄金パターン。いつもは座れなくなるのがイヤだからやらないけど、米原で降りて北陸線の長浜から来る快速に乗り換えた方が速く大阪に着く。今回はその後の予定があるので乗り換える。そしてそのまま大阪へ・・・だけど、そのままスルー。神戸を越えて山陽線へ。そして終点の姫路へ着く。ここでその先へ行く列車に接続しているがあえて乗り逃し、その横にいた赤穂線経由岡山行きに乗る。

 

 

 


 赤穂線(あこうせん)。山陽線の相生(あいおい)と東岡山とを結ぶ線だが、列車は姫路〜岡山間になっている。山陽線のバイパス線といえよう。赤穂線はそれほど特徴のある線ではなかった。ちょっと郊外の街・・・というところを走る。列車も本線と同等のものが走り、単線だがスピードは速い。

117系サンライナー そうこうしているうちに岡山に到着。ここからは快速「サンライナー」に乗り換え、福山を目指す。「サンライナー」、けったいな名前が付いてはいるが、117系を快速として走らす黄金列車である。

 で、福山。すぐ横にいた三原行きの普通列車に飛び乗る。そしてそのまま三原へ。三原からは呉線の広行きに乗り換える。

 

 

 

 


広行き 呉線(くれせん)。山陽線の三原と海田市(かいたいち)を結ぶ線であるが、ほぼ三原〜広島間といってもいい。ここも山陽線のバイパス線といえよう。呉線はけっこう海の近く、それも港の近くを通るので、大きな船がよく見える・・・という印象がある。ここも、かなりの列車が山陽線と直通しているので、列車も本線と同じで単線だがスピードも速い。途中、天応(てんのう)付近には複線用に単線トンネルが2つあるところがある。昔、呉線は複線化される予定だったらしい。廃虚と化した片割れのトンネルが痛々しい。

広駅と下関行き103系 をっとその前に終点の広に着いていた(笑)。そこからは待望(?)の下関行きの普通列車が出る。で、乗る。うんで、上のようなところを通り、広島も通過して、次は岩国へ到着する。岩国からは待望の下関行きを乗り捨て、哀愁の岩徳線の列車に乗る。

 

 

 

 


超萌え岩徳線 岩徳線(がんとくせん)。岩徳線は非電化単線のローカル線という印象が強いが、ここは昔、山陽線だったのだ。だが、山陽線複線電化の際、柳井経由の線(旧柳井線)を複線電化、こちらを本線としたことにより、岩徳線はローカル線となって誕生した。ちょうど東海道線に対する御殿場線の立場に似ているような気もするが、実はこれにはもう一枚歴史があり、最初に山陽線が開通したときはやはり、今と同じ柳井経由が本線だったのである。それをショートカットする形で現在の岩徳線の部分が作られ、こちらを本線とし、柳井経由線は柳井線として切り放されたのである。それがさらに電化のときに本線としての資格を取り戻した形になった。つまり、御殿場線が再び本線になった場合の熱海経由線・・・のような感覚か(どんな感覚だ)。

 

 まぁ、岩国からは一転して気動車によるのんびりとした旅になる。だが、やはり元本線だけあって線路条件は良いし、駅も立派だったらしいものが多い。岩徳線になってから開業した駅はともかく、山陽本線時代の駅はとにかくでかい。2両編成のちっぽけな気動車では有り余るほどのホームや立派な駅舎。現在は片面ホームと化していてもその向こうに朽ち果てた島式ホーム跡が残っていて昔は2面3線の国鉄黄金ホームだったこともうかがえる。このわびしさは、中央線の辰野〜塩尻間に匹敵するものがある。


 たのしいたのしい岩徳線の旅も終わり、終点の徳山へ。するとそこには、なんと、岩国でおさらばしたハズの下関行きの普通列車がいるではないか!(いや、知っててやってるんだけど) さすがは岩徳線、腐っても短略線としての風格は持っている。

 で、ありがたく下関行きの普通列車に再び乗り、そこからはそのまま下関を目指す。

ムーンライト九州 下関へ着く。そうしたらもう、関門トンネルをくぐるしかないでしょう。と、いうわけでくぐる。で、直交流デッドセクションも通り、山陽線の終点(?)門司へ到着。門司で飯を食ったりしてひと休み。時間は21時ごろか。22時すぎにやってくる京都行きの夜行快速「ムーンライト九州」までにはまだ時間がある。じゃあ、ムーンライト九州を迎えに行こう(爆)。そのまま鹿児島本線の列車に乗る。

 そうすると、途中の黒崎がちょうどいい駅になった。黒崎で降りてムーンライト九州を待つ。しばらくしてのっそりとムーンライト九州が到着。乗り込むが座席は満員。オワった。往年の大垣夜行の二の舞だ。夜行列車で座れないのはキツイやね。まぁ、大垣夜行で慣れてはいるが、久々の座れない夜行はけっこう厳しいものがあった。

 


 ここからしばらくは夜行なので書くことがない。そういえば、大垣夜行時代でもよくあったことだが、「禁煙」という字をなんて読むのか、そしてどういう意味なのか、知らない人が必ず1人はいるものだ。特に今回は、わざわざ「禁煙車」と喫煙車に分れている。それなのになんでわざわざ禁煙車に乗ってタバコを吸うかな。相変わらずニコチン中毒者の考えることは理解不能である。いぢょ。

 で、このまま大阪まで行ってもよいのだが、いい加減座れないのもなんなので、途中の姫路で降りる。ここからは普通列車に乗り換えて大阪を目指す。が、途中、兵庫で降りる。そう、ここからは山陽線の盲腸線、通称和田岬線が出ているのである。


超萌えキハ35和田岬線 和田岬線(わだみさきせん)、東海道線に対する美濃赤坂線のようなものか。行き止まりの盲腸線だが、立派に本線の一部である。特に和田岬線は美濃赤坂線と違い、非電化で本線との直通列車もない孤立線である。しかも、列車は朝と夜しか走っておらず、日曜にいたってはたったの2往復という赤字ローカル線も真っ青なダイヤである。こんな感じで、大都会のまっただ中に突如出現した哀愁のローカル線だが、利用客は多く、輸送体制はけっしてローカルではないらしい。それでも隣のホームを新型の列車が駆け抜けていく様と比べると、まさに異次元の世界へタイムトリップ(?)したとしか思えないほどだ。兵庫駅付近は最近高架化されたので真新しいが、それを過ぎると線路も沿線もローカルムードが漂う。この線の利用者はここらの工場への通勤者ばかりのようだが、けっこう民家とかもある。なぜこんなダイヤなのか謎である(高架工事したってことは廃止する気はないってことだし)。線路も列車もボロボロなんで、遅いし揺れる。ゴカゴカといいながら、列車は5分ほどで終点の和田岬へ着く。ちなみに、兵庫と和田岬の間には、30年くらい前まで「鐘紡前」という中間駅があった。もう廃止されてから30年以上経っているにも関わらず、鐘紡前駅のホームはそのまま残っていた。山奥のローカル線ならともかく、まさに驚異だ。大都会のローカル線とは、こういうのを言うのかな?

 補足だが、和田岬線は正式には山陽本線の一部である。したがって、もし「山陽線は完全電化路線である。○か×か」というクイズがあれば、当然答えは「×」となろう。


桜島 そろそろ大阪を目指すか。で、大阪。だがまだパソケまでは時間がある。ならヒマつぶしに桜島でも行ってみるか。

 行った、戻った。

 そんだけ、こんなところ解説してもしかたがないでしょ。

 

 

 

 


 そんで、パソケも終わり、新大阪からはCHEMOOLさんと一緒に乗る。そう、今度こそJR東西線を乗るのだ。

 まずは尼崎へ。ここからJR東西線を経由して学研都市線(片町線)へ直通する列車に乗る。

 JR東西線(じぇいあーるとうざいせん・・・”じぇいあーる”を入れるのが正式)。福知山線と片町線を結ぶことから片福連絡線と呼ばれていた線だ。3/8に開通したばかり。JRとしては初の完全地下鉄路線である。尼崎と京橋を結んだため、片町線の京橋〜片町間は廃止になってしまった。

 で、JR東西線だが、まさに地下鉄といった感じ。しかも、名古屋でいえば桜通線のような、完全に規格統一された地下鉄路線で、駅の形がみんな同じなのである。はっきりいって駅票がなければ今どこにいるのかわからない。

大阪天満前 そんなわけで、同じところをぐるぐるまわっている感覚にとらわれながらCHEMOOLさんの下車駅、大阪天満前に着いた。ついでだから下車してみよう。そこには京葉線東京駅のような長〜いエスカレータがあり、本家地下鉄よりも深いことを物語る。地上に出てもまさしく地下鉄の駅という感じ。CHEMOOLさんの会社に一礼(笑)したあと再びJR東西線に戻る。

 ちょうど学研都市線木津行きの快速列車が来た。そのまま木津まで行こう。さて、問題の京橋駅だが、地下からひょっこり(ほんとにひょっこり)出たら京橋だった・・・という感じで、ゴガガガガー(謎)と地上へ踊り出るような感覚はなかった(名古屋でいえば東山線みたいなのはなかった)。

 

 

 で、そのまま学研都市線をぶっこして木津へ。ここからは関西線である。

 で、加茂。で、亀山。で、名古屋。で、米野。

 約36時間の旅はオワった。


 この2日間で、合計して30時間以上列車に乗っていたことになる。うーん、し・あ・わ・せ・・・な感じか?(狂爆)

 やっぱ18きっぷはすごいや・・・。でもなんか、あんまり九州まで行ったっていう感覚はない。たぶん新幹線とかだと実感が沸くんだろうな。よくわからんけど。

 でも、九州って意外と近いや。名古屋から鈍行でわずか16時間。本線を突っ切ればもっと短縮できるだろう。

 そんなわけで、名古屋発、下関経由大阪行きの旅も終わったのであった。

 萌鉄'97パート3へつづく・・・。


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