萌鉄2000 パート8
「走れ、のと鉄道」
気が付いたら金沢にいたらしい。夏の18きっぷ償却企画。残り1枚ということで、今回は能登半島を股に架ける第三セクターのと鉄道を堪能しよう。
金沢からの七尾線始発列車に乗るが、なんと特急車両である。おそらく、七尾発の上り始発特急の回送を兼ねているのであろうが、18きっぷで特急車両に乗れるとは、なんとも得した気分である。行き先の表示も、「特急」のサボの横に「普通 七尾」。カッコ良すぎる。
先頭2両はグリーン車であるが、さすがにグリーン車には乗れなかった。しかし、長大編成の車両に乗客はわずか。乗った車両も乗客は私を含めて2人。ほぼ貸し切り状態である。間合い運用バンザーイ、である。途中、津幡までは北陸本線を走る。そして、津幡からは七尾線へと入ってゆく。
JR七尾線(ななおせん)。津幡(つばた)〜和倉温泉(わくらおんせん)間59.5kmの路線。しかし、列車は金沢から直通運転されている。
と、いうわけで優雅に七尾に到着。案の定、乗ってきた車両はスーパー雷鳥の大阪行きに変身した。
七尾から先はいよいよのと鉄道の列車に乗り込むことになるが、きっぷはまだ18きっぷが有効である。と、いうのも、七尾線は次の和倉温泉までがJR、その先からがのと鉄道の営業区間となっているからだ。しかし、七尾〜和倉温泉間ではJRは特急しか走らず、普通列車はのと鉄道の車両が直通して走っている。そのため、のと鉄道の車両にJRのきっぷで乗れるのだ。とはいえ、今でも全線がJRの所有路線で、のと鉄道が線路を借りて列車を走らせていることになっているという複雑さがある。
18きっぷでのと鉄道の車両に乗り込み、JR七尾線をGo!である。
そしてわずか一区間、ここからが本当ののと鉄道区間へと入る。
のと鉄道七尾線(ななおせん)。和倉温泉〜輪島(わじま)間を結ぶ48.4kmの非電化単線の路線。もともと七尾線は津幡〜輪島間の路線であるが、会社としては津幡〜和倉温泉がJR、和倉温泉〜輪島がのと鉄道。特急列車の運転は津幡〜和倉温泉でJR、普通列車の運転は津幡〜七尾がJR、七尾から先がのと鉄道と、まことにややこしい。なお、津幡〜和倉温泉間は当然電化されている。
和倉温泉を出ると18きっぷは無効となり、のと鉄道の切符を購入しなければならない。
列車は快調にトばし、穴水に到着。穴水は能登線が分岐する要所の駅。ほとんどの列車は七尾線ではなく、能登線と直通運転しているが、今回乗った列車は数少ない七尾線直通。1両を切り離し、単行で穴水を発車した。
穴水の次の駅、能登三井(のとみい)までは1区間が11kmもある。その間、とにかく山の中を走り、とても楽しい。鉄道以外の建造物が全く見えない場所をひた走る。とはいえ、途中には集落もあり、なぜここに駅を作らないのかと疑問に思う場所もいくつかある。能登線では第三セクターになって駅を増設したが、七尾線は国鉄時代のままだ。このへんは線路の所有がJRというのがネックになっているのであろうか。七尾線の穴水〜輪島間は廃止の予定だが、何の改良もしなければ乗客が減るのは当然のこと。それをせずに廃止しようとするのは怠慢と言わざるを得ない。
長い長い1区間、能登三井駅は2面2線の相対式ホームを持ち、列車交換可能駅だったが、今は片面1線しか使われておらず、使われていない方の線路はさび付き、ホームには朽ち果てそうな待合室が放置されている。まさに、廃止が先か、朽ちるのが先か、といったところ。
そんなこんなで終点の輪島へ到着。
輪島駅は1面1線だけだが、昔は2面だったのかもしれない。もうすでに、昔はホームだったのかどうかもわからない花壇のような盛土に駅票が刺さり、その向こうには朽ち果てた側線も残っている。
七尾線の線路はホームのすぐ先で途切れている。これらが全て無に帰す日も近いのであろうか。
まぁ、穴水にもどる。
穴水は2面3線の典型的な国鉄型のホームである。
そうこうしているうちに、1日2往復走るキハ58系による急行「能登路」がやってきた。1往復は輪島、もう1往復が能登線の珠洲(すず)の間で運転されている。
穴水の駅舎は真新しくて近代的。
では、気を取り直して(?)、能登線の列車に乗り込む。
のと鉄道能登線(のとせん)。国鉄赤字線の能登線を引き継いだ第三セクター鉄道。のと鉄道のメインプラットホームである。能登半島の風光明媚な風景を楽しみながらもほとんどが山の中を走るとても楽しい路線である。全長61.8kmを2時間10分かけて走る。
途中の甲(かぶと)には保存車の郵便車両があり、恋路は縁起がいい駅名からカップルで訪れる人が多いらしく待合室がハート形になっていた。それ以外はホントに海と山である。能登半島の内側を走るため、海といっても日本海ではないが・・・。また、トンネルも多く、それぞれのトンネルにかな文字が一字印されているのがおもしろい。
そんなこんなで、楽しい楽しい時間も終わり、終点の蛸島へ到着。
ホームは1面1線。駅舎とは反対側にのどかな風景が広がる。
蛸島は無人駅だが、ホームへ上がる階段があり、事務室内には畳を轢いた部屋もあったりと雰囲気はいいが朽ち果てている。
駅は小さな商店街にある。ひっそりひっそりとした駅舎の前に、懐かしの腕木式信号機が保存されていた。能登線の利用客はほとんどが珠洲までであり、一部の列車は珠洲始発のものもある。ここから先、能登半島の先っちょまではまだしばらくあり、蛸島はなんとも中途半端な位置に存在する。パラパラと止められた自転車が数少ない利用者を物語っている。
それからは再び能登線を戻り、七尾駅でJRに乗り換え、金沢、敦賀、米原、大垣、名古屋で乗り換え、我らが米野へ戻ってきた。折しも東海豪雨の前日である。雨は次第に激しくなってきていた。
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